今、自分は真っ白なドレスに身を包んでいる。まるでウェディングドレスを着た花嫁になったような気分で、少しだけ浮足立っている自覚はある。だが、このような恰好をしている目的を思い出してイングリットは気分が沈んでしまう。
近々、世界平和監視機構『コンパス』の総裁であるラクス・クラインがこのファウンデーションへ訪問する予定になっている。今回の外交の来賓――そして、我々の作戦の要となる彼女に粗相がないようその予行演習を行うといい、ラクス役には年齢が近いという理由でイングリットが選ばれた。しかし、こんな豪華なドレスまで用意しているなんて随分本格的にやるものだとイングリットは感心していた。
「もう入っても大丈夫か」
扉の向こうからオルフェの声が聞こえる。イングリットは返事をした。
「はい。準備はできています」
イングリットの許可を得て入室したオルフェは、彼女を見るなり言葉に詰まっているようだった。
「イングリット、お前その恰好……」
「オ、オルフェが用意したんでしょう? 社交ダンスの練習をするからって」
「ダンスの練習をするとは言ったが、ドレスを着ろとまでは」
「……え? 部屋に入ったら用意してあったから、てっきり着るものかと」
「それは姫の衣装が届いたと連絡があったから、確認するために開けさせたものだ」
「え? ……えぇっ!?」
イングリットは自分の勘違いに気が付き、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。勝手に衣装を着た挙句花嫁みたいだなんて思い上がりも甚だしい。穴があったら入りたい。
「も、申し訳ありません! 今すぐ着替えますので」
「……良い」
慌てて顔を上げて部屋を出て行こうとするイングリット。だが、オルフェの声を聞いて足を止める。
「……はい? 今なんと」
「着替えなくても良い」
「でも」
「それに……」
オルフェは言い淀んだが、イングリットを見て観念したように呟いた。
「……似合っているぞ」
少し声が小さくなっていたが、オルフェの言葉はイングリットの耳にしっかり届いていた。それを聞いて、イングリットの胸が弾む。再び顔に熱を感じたが、恥ずかしさから来るものではないことは分かっていた。
「……ありがとうございます」
「とにかく、時間が無いんだ。すぐに始めるぞ」
オルフェは捲し立てるように言い、コホンと咳払いをした。イングリットの手を取り――
「エスコートいたします、姫」
「はい、お願いします」
今日だけは。一日だけの、オルフェのお姫様。