騒がしいのは嫌いだ。
だから、誕生日ではしゃぐ人間のことが理解できなかった。たかが誕生日――しかも、他人の誕生日など。いや、今でも少しはそう思っている。やれパーティだの、やれケーキだのプレゼントだのといちいち大袈裟ではないか。そんなことに労力を費やす暇があるなら、もっと仕事やレッスンに時間を割くべきだ。
昔はそう考えていたのに。己の誕生日など意識すらしていなかったのに。今ではどうだ。日付を見ただけで、あの二人の顔が浮かんでくるようになっている。
だからだろうか。事務所の中が何やら騒がしいと思ったところで、今日の日付を思い出した。僕はドアの前で立ち尽くす。
「桜庭さん」
事務所に入ってもいいものか思案していると、僕を呼ぶ声が聞こえた。そういえば、僕のことを祝いたがる人間がもう一人、ここにいた。
「どうせあの二人が何か企んでいるんだろう。毎年のことだ。流石に僕だってそれぐらいは察している。それに……」
「それに?」
「……別に、嬉しくないわけじゃない」
僕の言葉を聞いて相手の顔が緩む。今日くらい、少しは素直になっても良いだろう。
「さあ、お二人が待っていますよ」
そういって事務所のドアが開かれ――
「「桜庭(薫さん)、誕生日おめでとう(ございます)!」」
――嫌というほど聞き慣れた二つの音色が、僕を温かく出迎えた。