「今日は一日穏やかな天気が続くでしょう」
テレビから今日の天候を告げる声が聞こえる。雨が降らないなら洗濯物の心配は要らないな、などとぼんやり考えていたら、次のコーナーに変わっていた。
「本日の星座占い〜! 今日の一位は……魚座のあなた!」
先程の男性の声とは打って変わって明るい女性の声が部屋に響いた。魚座といえば天道がそうだった気がするが……。
アイドルを始めるまで自分の誕生日などさほど気にしていなかったし、他人の誕生日なんて尚更だ。プロデューサーやあの2人が騒ぎ立てるせいで(しかも毎年のことだ)、嫌でも意識するようになり、今では天道と柏木の誕生日も把握するまでになってしまっている。
「本日の最下位は……天秤座のあなたです! 運気は最悪、残念〜!」
残念と言う割にはやたらと楽しそうな声だが。
「特にA型の人は要注意! 大きな失敗や不運に遭遇しちゃうかも……。魚座の人と一緒に行動すると運気が上がるかも!?」
ちなみに僕はA型の天秤座だ。
「ラッキーアイテムは星のグッズ! 星形のキーホルダーなどが良いでしょう。更に、緑色のものが近くにあるとよりグッド!!」
幸いにも僕が所属しているDRAMATIC STARSというユニットの特性上、星をモチーフとした物には恵まれている。別に星座占いなどという非科学的なものを信じているわけではないが、事務所にそういった類に詳しい者がいるせいか、妙に意識してしまった。
「おはよう、桜庭! 今日も良い天気で太陽サンサンおはようさんってな!」
事務所に入るなり天道の声が耳に届く。情けない話だが僕は朝には強くないため、真夏の陽射しのように突き刺さる天道のギャグは正直鬱陶しい(朝でなくとも充分鬱陶しいが)。というかなぜ事務所には僕と天道しか居ないんだ。他のユニットや事務員はどうした。なるほど、これが運気が最悪だというやつか……。僕は様々な感情を込めながら天道を睨みつけた。
「桜庭〜またシカトかあ? もっと愛想良くすればいいのによ」
「……僕は君と違って朝から無駄なエネルギーは消費したくないからな」
実は事務所に来る途中で何も無い所でつまづき、見事なまでに転んでしまったことで既にかなり疲れているのだが、この男に言うのは癪に障るので黙っておく。
「何でお前はいつもそう引っ掛かる言い方なんだよ!?」
「うるさい。僕はいつも通りにしているだけだ。いちいち騒がしい男だな」
「何だと〜!?」
「まあまあ、2人とも落ち着いて下さい」
天道との応酬が白熱するや否や柏木が事務所に入ってきた。いつも僕と天道が言い合いになり、柏木がそれを仲裁するというのがお約束になっている。
「おはようございます。今日はどうしたんですか?」
「おはよう、翼。どうしたも何も、桜庭が俺の渾身のギャグを無駄とか言うんだぞ!?」
「おはよう、柏木。僕は事実を言ったまでにすぎない」
「ちなみに、輝さんの渾身のギャグってどんなのですか?」
「今日も良い天気で太陽サンサンおはようさんってな!」
柏木のせいで何故かもう一度聞く羽目になった。眉間のしわが増えた気がした。僕達がバタバタと騒がしい足音とともに事務所のドアが勢いよく開いた。
「おはようございます! 遅くなってしまってすみません!」
慌ただしい様子で事務所に入ってきたのはプロデューサーだ。僕達3人も早々に挨拶をすませ、今日のスケジュールの確認を行うためソファーに腰掛けた。
「皆さん既にお揃いでしたか。かなりお待たせしてしまったのでしょうか?」
「いや、俺達も今揃ったところだから大丈夫だぜ。それよりもプロデューサーこそ今来たばっかりで大変だろう?」
「そうだな、まずは落ち着いてその寝癖を治した方がいい」
「あはは……この寝癖、毎日いくら治しても戻っちゃうんですよね……」
「あ、それ分かります。オレも髪に一度変なクセがついちゃうと中々治らなくて、セットに時間がかかっちゃうんですよね」
僕はこれまでにもクライアントとの取引の場にも出るんだからと身だしなみはきちんとしろと再三注意しているのだが、どうもプロデューサーの寝癖は一筋縄ではいかないらしい。
「薫さんは髪サラサラで寝癖とかつかなそうで羨ましいです」
「桜庭は朝のセットとか簡単に済ませてそうだもんな」
「……そんなことよりも、今日の予定について話し合うべきだと思うんだが」
このままだとミーティングが始まらなさそうだったので、プロデューサーに無理矢理本題に入るこように促した。
「今日は事前にお伝えしている通り、人気RPGシリーズのCM撮影となります。皆さんにはキャラクターになりきってもらい、ゲームのワンシーンを演じてもらうことになります」
ゲームの撮影の仕事は以前にもあったが、今回はCMなので撮影時間自体は短い。しかし、短時間といえどアクションシーンがそれなりに多いため、基礎体力づくりからレッスンメニューを組み直してレッスンを行ってきたし、事前にもらった資料や実際にゲームをプレイして世界観や登場人物などの知識についても理解を深めたつもりだ。撮影のために必要な準備はできている。
CMは全員出演するものと個別で演じるものの全部で4パターン制作するため、撮影スケジュールとそれぞれの撮影内容を中心にミーティングを行った。その後も撮影について何点か確認を終え、僕達は事務所を後にした。
―――都内某撮影スタジオにて。
結論から言おう、楽屋に閉じ込められた。
撮影は天道、柏木、僕の順で行われ、柏木までは概ね順調に進められていた。しかし、僕の番が回ってきた途端に撮影機器が故障してしまったらしくしばらく様子を見ていたが、今日中の撮影が困難だと判断して僕の撮影は後日行われる事になった。プロデューサーは撮影スケジュールの調整をスタッフと相談するというので、僕たち3人は先に楽屋に戻ることにした。楽屋に戻った後は各々帰る支度をしつつ、天道と柏木は飲み物やら軽食を買いに一旦楽屋を出ていった。僕も少し外に出ようとドアノブに手をかけたところでドアが動かないことに気づいた。
先ほど二人が出て行った時は普通に開いていたじゃないか。よりにもよって僕一人の時にドアが壊れてしまうとは。というか内側から開かなくなるのはドアとしてどうなんだ。立て付けはどうなっているんだ。ここのスタジオの管理人にしっかりメンテナンスを行うようプロデューサーから伝えてもらうように頼もう。等々様々なことが駆け巡っている頭で僕は開く様子の無いドアを眺めていた。
「本日の最下位は……天秤座のあなたです! 運気は最悪、残念〜!」
「特にA型の人は要注意! 大きな失敗や不運に遭遇しちゃうかも……。魚座の人と一緒に行動すると運気が上がるかも!?」
「ラッキーアイテムは星のグッズ! 星形のキーホルダーなどが良いでしょう。更に、緑色のものが近くにあるとよりグッド!!」
……なぜかこのタイミングで今朝の星座占いを思い出してしまった。確かに二人といる時は特に何も起こらなかったがまさか。しかし思い返してみると、三人揃っての撮影は問題無かったのに、二人が終わって僕の番が回ってきた途端に機材が故障した。魚座の人物に緑色のもの……。魚座はともかく、緑色の基準が曖昧過ぎやしないか……。いや、どんなに準備万端にしていても、アクシデントというのは起こってしまう。だから偶然に違いない。そうに決まっている。
―――しかし、今回の出来事は序の口に過ぎないということをこの時の僕はまだ知らなかった。