~渡辺みのり編~
「ギフト用の花について教えて欲しい?」
事務所で一息ついていると、みのりは一希からある相談を受けていた。
「突然すみません。おれも本で得た知識もあるが、花に関してはみのりさんの方が詳しいと思って。勿論、無理にとは言いませんが」
「それは全然構わないしむしろ大歓迎だけど、どうしてか訊いても……あっ」
質問しながらカレンダーが目に入ったところで、みのりはあるイベントが思い浮かんだ。
「もしかして父の日、かな?」
「……はい」
プレゼントの目的と贈り先を言い当てられ、一希は少し動揺してしまった。元々そのつもりで相談していたのだが、いざ意識するとどうすればいいのか分からなくなってしまうのだ。
「父とは家で顔を合わせることがほとんどないし、何を贈っても」
「そういうことなら、一層気合い入れて選ばないとね!」
一希の言葉を遮ってみのりはギフト用の花について解説し始めた。
「一般的には母の日にはカーネーション、父の日には黄色いバラを贈ると良いと言われているね」
「……なるほど、黄色いバラか」
「バラ以外にも黄色い花を贈ったりすることも多いね。黄色には『幸せ』や『希望』、『尊敬』という意味が込められているんだ」
「希望、尊敬……」
「もちろん、花言葉に合わせて違う色を贈るのもアリだね」
尊敬、という言葉が引っ掛かった。父に対しては未だに複雑な思いがないわけではない。二人の関係に進展もあったのだ。しかし、それでも顔を合わせて、というのはまだ難しいかもしれない。
「……直接渡すのが難しいのなら、手紙を添えておくのはどうかな? こういうのは気持ちが大事だから」
思い悩む一希の心中を察したのか、みのりはアドバイスをしてくれた。
「それに、面と向かっては言えないようなことも、手紙なら伝えることが出来たりするしね」
確かに、と一希はうなずいた。自分は言葉を口にするよりも文章に表す方が得意だし、手紙にするのは良い方法かもしれない。もしかしたら、『元小説家』という経歴を考えての助言だったのか。
「……どういう形であれ、想いはちゃんと伝えておくべきだよ」
一希が思案している隣で、みのりがボソッと呟いた。しかし、一希の耳にまでは届かなかったようだ。
「……俺も一希くんに倣って、白いバラを贈ることにするよ」
「白いバラはどういう意味があるんですか?」
「白いバラにも『尊敬』という意味があるんだ。それに……」
「それに?」
みのりは一息入れて、こう言った。
「……ううん、なんでもないよ」
彼の表情は笑っていたが、どこか儚げだった。