つくもフォリオ - 4/4

~東雲荘一郎・卯月巻緒編~

 ——十月といえば。
 そう、ハロウィンである。街や商業施設などどこもかしこもハロウィン仕様になり、人々の雰囲気もどこか浮足立っているようにも感じられる。無論、315プロも例外ではなかった。事務所の中はハロウィンの装飾が施されているからというのもあるが、この時期の仕事内容もハロウィンに関連するものが多いため、意識せざるをえなかった。

 *

「これから新作ケーキの研究のために、今話題になっているケーキ屋に行こうと思っているのですが、九十九さんもご一緒にいかがでしょうか」
「ハロウィン限定のケーキがあるみたいです!」
 事務所で読書している一希に声をかけたのは、Café Paradeの東雲荘一郎と卯月巻緒だった。
「ケーキか……でも、おれで良いのか?」
「九十九さんがよければ、ぜひ」
「他の方々にも声を掛けてみたんですが、残念ながら皆さんこの後は予定があるみたいで……」
「九十九さんも、この後はご予定があるのでしょうか?」
「この後はこれといった用事はないから、構いません」
 なぜ自分を誘ったのだろうか、と一希は疑問に思ったがそういうことらしい。ハロウィン限定ケーキというのも気になる。一希はすぐに了承した。
「しかし、私の個人的な理由で付き合わせることになってしまい、なんだか申し訳ないですね」
「……『トリックオアトリート』ということでどうでしょうか」
「なるほど、それなら喜んでケーキをごちそうさせていただきます」
 荘一郎が申し訳なさそうにしていたので、せっかくならとハロウィンらしく振舞ってみた。
「限定ケーキ、どんな味なんだろう……」
 巻緒の方はというと、どうもハロウィンとは関係無しにケーキが食べたいだけのようにも感じた。

 *

 テレビやSNSで話題になっているケーキ屋というのは、事務所からそう遠くない場所にあった。あ、と巻緒が見つけた先には看板と、やはり評判通りというべきか、店の外にもで行列が出来ていた。
 一希もここへ来る道中に荘一郎や巻緒から話題のケーキを見せてもらったり、口コミなどを聞いたりしていた。モンブランなのだが、なんでもハロウィン仕様ということで栗の代わりにカボチャのクリームがふんだんに使用されているらしい。更に、クリームの上からチョコレートを飾り付けることでジャック・オー・ランタンの顔を再現している。
「見た目も凄く凝ってますが、味の方も中々の評判だとか。どのような材料を使っているのか気になりますね」
「元々荘一郎さんのおすすめのお店ということで俺も気になっていましたが、早く食べたいです!」
「二人は本当にケーキが好きなんだな」
 それぞれ目的は違えど、二人のケーキに対する熱意は相当なものだ。自分も小説は書かなくなってしまったが、今でも物語を考えてしまうくらい本が好きだから、二人の気持ちはよく分かる。
 二人のケーキ談義を聞いてる内に自分たちの順番が回ってきたため、四人掛けのテーブルに案内された。テイクアウトもできるのだが、せっかくなので店内の雰囲気を楽しみながらケーキを味わいたい。店員にハロウィン限定ケーキと紅茶のセットを三つ頼んだ。
 行列に並んでいる時は女性客が多いように感じたが、店内を見渡してみると男性客もそれなりにいた。といっても、ほとんどが女性の付き添いのため、男性三人で訪れたのは自分たちぐらいではないだろうか。
「ついに、あのケーキが食べられるんですね! 俺、少しそわそわしてきました」
「巻緒さん、焦らなくてもケーキは逃げませんよ」
「あはは、そうですよね」
 流石というか、二人は周りの客の雰囲気を特に気にも留めていないようだった。元々カフェで働いていることもあるが、普段からこのような店に積極的に訪れているのだろう。
「お待たせしました。こちら、ハロウィン限定ケーキと紅茶のセットになります」
 目の前に注文したケーキが運ばれてきた。写真で見たよりも大きいであろうジャック・オー・ランタンがそこにいた。あまりにも精巧すぎて、少し不気味なくらいだ。
「「「いただきます」」」
 ケーキを口にした瞬間、柔らかなスポンジとかぼちゃのクリームが舌に溶けていった。クリームも程良い甘さでしつこくない。最初に見た時はクリームの量に驚いたが、これならペロリと平らげてしまうだろう。
「やはり、ここのケーキは見た目も味も一級品ですね」
「近所にこんなに美味しいケーキがあったなんて……!」
 一希がモンブランを味わっている一方で、荘一郎はケーキを食べるごとにメモを取り、巻緒はスクラップ帳のようなものを開いて新たなケーキの発見を記録していた。
  三者三様に、甘いひとときを過ごしていた。

 *

「誘っていただきありがとうございました。ケーキ、とても美味しかったです。次はおれが払います」
 ケーキを食べ終えて店を出てから、一希は二人にお礼と、今日の埋め合わせを提案した。
「『トリックオアトリート』なんですから、九十九さんが気にする必要はありませんよ」
「しかし、やはり貰いっぱなしというのも悪い気が」
 このままでは埒があかない。そう感じた荘一郎は次のように切り出した。
「では、こちらからも『トリックオアトリート』で……次の機会に私の分を支払っていただく、というのはどうでしょうか」
「……これは、一本取られましたね」
「次はどんなケーキが待っているんでしょうか!」
 そう言いながら、三人は次のスイーツ巡りの計画を立てることにした。